2012年2月9日木曜日

須加村、下中条村、酒巻村(巻之217 埼玉郡之19 忍領)

第11冊-頁52  須加村
  江戸からの行程15里で、太田庄に属し、北河原用水を引き注ぐ事は荒木村村に同じ。
横瀬氏の家系図を見ると、横瀬信濃守国経は武州須賀合戦で討ち死にし、法名を宗功と号した。その子雅楽頭泰繁は法名を宗虎と称し、父国経が討ち死にした時高松院殿から書を賜ったと載っている。また横瀬家所蔵の文書にも、去年十二月三日武州須加での合戦の時に父信濃入道が討ち死にし、自身も疵をおった云々とある。末尾に正月9日横瀬雅楽助殿義晴とある。年代を書いてないが雅楽助は大永・天文年間(1521~1555)の人である。
  横瀬氏:新田金山城主。後に由良と改名。(成田氏長が娶った甲斐姫母の実家。)
  武州須加合戦:享徳の乱開始後の康正元年(1455)十二月三日に起った。騎西城に籠った上杉氏や長尾氏などを足利成氏の軍が襲撃して敗走させた一連の戦闘の一つ。
  村の広さは、東西22町、南北10町あまり。東は上新郷村、南は荒木村、西は下中条村、北は利根川を隔てて、上野国上五箇・大輪の2村と隣接する。屋敷280戸。
「家忠日記」によれば、当村も松平主殿頭家忠の領分で、文禄元年(1593)左中将忠吉卿の領地となって以来、忍城主の変遷と同じく移り変わり、今は阿部鉄丸が領する。検地は元禄九年(1696)阿部豊後守が糺した。
高札場は村の西にある。

小名(こな): 舟川  高畑  久保地  舟戸  新田  矢倉下

利根川: 村の北を流れる。川幅380間。川に沿って土手がある。当所は近郊諸村の運送の河岸場になっており船問屋が一軒ある。江戸まで川路37里ばかり。

熊野社  別当利益寺
長光寺
証城寺
阿弥陀堂*忍名所  牛頭天王社  稲荷社  鐘楼


第11冊-頁53 下中条村
  下中条村は長井庄という。江戸への行程15里と、北河原用水を引き注ぐことは前村(須賀村)と同じ。民家115。東は須賀村、南東に荒木村、南は斎条村、西は酒巻村、北は利根川をはさんで上野国邑楽郡上五箇村と隣接する。広さは東西・南北ともに5町ばかり。
  当村も家康公御入国の後に松平主殿頭家忠の領地だったことが「家忠日記」に書かれている。その後、寛永十六年(1639)に阿部豊後守に賜って以来、いまも子孫鉄丸が領している。検地は慶長十三年(1608)大河内金兵衛が改めた。
高札場は村の西にある。

小名(こな): 前新田 東新田 上 下

利根川: 村の北方、上武国境を流れる。川幅は400間ばかり。川に沿って水除けの土手が造られている。川岸に船問屋が二軒あり、諸物資を江戸へ運送する。江戸までの川路36里。ここを中条河岸という。

見沼代用水分水口: 利根川の土手にある。これは見沼新田を開発する時、埼玉郡と足立郡の村々の用水のために井澤弥惣兵衛が造ったものである。弥惣兵衛は利根川の水を分水する二つの扖樋(いりひ・水を引き入れる水門の樋)を造った。一つは元扖樋で、享保十三年(1729)完成、長さ24横2間。もう1つは増扖樋で、長さ同じ、完成は翌享保十四年(1730)。この2つの扖樋の水を、共に26間流れた所で合流させ、荒木村に至って更に星川に合流させて数村の用水とした。当所には番屋を建てて扖樋を守らせた。

治子明神社   別当金蔵院
愛宕社
太神宮
神明社
興徳寺


第11冊-頁54 酒巻村
  酒巻村は江戸よりの行程15里や用水(北河原用水)・検地の年代(慶長十三年大河内金兵衛)等は、前村(下中条村)に同じ。当村はもとより利根川に沿って北からの流れが東に折れる隅にある村で、福川が落ち合う所なので、水が逆巻く故に逆巻という。酒巻は当て字であろう。
  成田氏の家人の事を記録したものに、永楽500貫文酒巻靱負亮(ゆぎえのすけ)長安、同50貫文酒巻三河、同30貫文酒巻源次右衛門などあるのは、当所の在名を用いたものである。
  民家は20戸。東は下中条村、南は斎条、犬塚の2村、西は北河原・同新田など二村、西北の隅は福川を隔てて村内字四ツ谷という所からは幡羅郡俵瀬村になる。北は利根川を隔てて上野国邑楽郡の瀬戸・井上・五箇の三村がある。広さは東西15町、南北5町程。
  当村も昔は松平主殿頭の知行地となったことが「家忠日記」に載っている。これより後、忍城付きの地となり、前村(下中条村)と同様今は阿部鉄丸の領地である。
高札場は村の北にある。

小名(こな): 
四ツ谷 西北の方、福川の向かいにある。昔は土地が接続していて福川は埼玉郡と幡多羅郡の境を流れていた。寛延(1748~1751)の頃の洪水の時 川の流れが変遷し、今の様に向かいも当村の内となり、幡羅郡俵瀬村と隣になる。
上・中・下の新田、塚越、太田、元屋敷

利根川:
  西北の幡羅郡俵瀬村より村内に入り、下中条村に達する。川幅200間でこの川に江戸へ通う船の河岸場がある。また川に沿って水除けの堤がある。高さ1丈余り。この堤よりの眺望は最景勝である。近くは幡羅郡内の妻沼から上野国の上五箇、川俣の村々をはじめとして遠くは日光・足利・赤城・伊香保・榛名など高山を見渡される。特に川幅広く水の勢い逆巻く様子は近郷には無い名所である。よってその図を載せる。


福川: 村の西北を流れる。北河原村より入って村内にて利根川に合流する。川幅13間。この川の瀬が変遷したことは、小名(こな)四ツ谷の条にて述べた。

八幡社  別当酒巻寺
浅間社
道祖神社
稲荷社
若宮八幡社
慶岩寺  観音堂、 天神社
常照寺  薬師堂


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